ニューヨーカー:ロックダウン規制下での中国はどのような状態か

昨年の中共ウイルスの流行期間中、中国各地では感染予防対策としてロックダウンという強行手段が取られていました。

では、ロックダウン規制下の中国はどのような状態だったのでしょうか?

上海で2か月間のロックダウンを経験したニューヨーカーに話を伺いました。当時の経験は彼の心に深く刻まれたそうです。

ニューヨーカーのマリアーノ・アルセさんが中国でのロックダウンを経験してから1年以上が経ちましたが、その記憶は鮮明なままです。

2020年、アルセ氏は上海で教師として働いていました。給料もよく、この街で生活を営んでいました。

しかし、1月に中国で中共ウイルスの流行がピークに達すると、中共当局は上海に厳格なロックダウンを実施しました。アルセ氏が住んでいた地域では、誰も家から出ることが許されませんでした。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「彼らはドアにテープを貼り、封鎖していた」

しかし、理由があって、アルセさんのフロアにはテープが貼られませんでした。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「それは、外国人が住んでいたからだ」

しかし、ドアの封鎖はほんの始まりに過ぎません。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「頻繁に警察が来ては、住民が建物内にいることを確認していた」

アルセさんは、「人々は外出したくても、どこにも行くことができなかった。すべてが封鎖されていて、歩道さえも封鎖されていた」と述べています。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「もしあなたが米国人、あるいは言語やその土地のルールを全く知らない外国人であれば、みんなが知っていることを自分は知らないので何が起きているのかわからず、本当に怖い思いをする。

そして、誰しもがあなたに教えようとするわけではない。一緒に仕事をしている現地スタッフとの関係が良好であれば、あるいは一緒に住んでいる、もしくは周りに住んでいる現地の人々との関係が良好であれば、教えてくれるかもしれないが、教えてくれるとも限らない。もしかしたら彼らはあまり気にしていないかもしれない」

アルセさんは、Wechatのチャットグループに参加していました。しかし、ロックダウンの期間中は何の連絡も交わされませんでした。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「誰も何も話さないのだ。私は、なぜ誰も「この状況はクレイジーだ」などと話さないのかと思った。そして彼らはいつも「ビッグブラザー(中共当局)が監視している」と言うのだ」

当時、アルセさんは自宅で仕事をしていました。それから2週間後、ロックダウンの影響を感じ始めたといいます。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「私はこの状況は普通ではない、と感じ始めていた」

アルセさんは壁が迫ってくるような圧迫感を感じたと述べています。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「自分のいる空間がどんどん狭くなっていくような気がしていた。 」

また、アルセさんにはもうひとつ問題がありました。2019年にアルセさんは父親をガンで亡くし、経を落ち着かせるために薬を服用していました。しかし、ロックダウンにより、薬の服用が出来なくなりました。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「私はパンデミックの間にその薬を購入したいと思っていたが、政府は病院の周りに誰も近づけたくないようだった。彼らは、それらの薬は必需品ではないと言っていた。私は身体への影響を実際に感じはじめた。特に目や顔にそれを感じた」

不安は募る一方でしたが、薬の服用はもはや利用可能な選択肢ではありませんでした。そこで、アルセさんはウイスキーに頼りはじめました。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「1週間に2本注文していた。私は普段、お酒は飲まないが、その時は飲んでいた」

アルセさんの精神状態が悪化し、そして身の危険を感じる事態が起こりました。事の発端は、涼むために掃き出し窓を開けたことでした。

当時、アルセさんは友人のシンディさんと電話をしていました。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「私は窓際に向かって歩るきながら、シンディに冗談を言っているつもりだった。泣き喚きたくはなかった。私はシンディに『外に出たい、いつ終わるのか。どのように終わるのか知りたい』と言った。私はひたすら泣き続けた。実際には、泣いているというより、楽しく冗談を言っているつもりだった」

その時、マンション下の道路に…

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「周りに人が集まってきた」

アルセさんの友人は、「飛び降りると思われるから窓から離れて」と言いました。友人との電話を切った後、危機管理カウンセラーに連絡し、同様のアドバイスを受けました。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「カウンセラーは私に、『窓から離れて』と言いました。私が『何を言っているんだ』と言うと、彼女は、『警備員はあなたが窓から飛び降りようとしていると思っている』と言った」

アルセさんは窓から離れました。やがて、車がやってきて、アルセさんは医療センターに搬送されました。

アルセさんが中国で厳しい状況下に置かれている間、米国に住む友人のウィルソンさんは、アルセさんへの心配が増す一方でした。

ニューヨーク市民 Martin Wilson
「彼はあそこから出られるのだろうか?これが全てだった。脱出できるのか、そしていつ脱出できるのか。もし当局が人々の外出を許可していないとしたら…それは恐ろしいことだった」

上海でのロックダウンは昨年3月に解除されました。自由の身となったアルセさんでしたが、厳しい選択を迫られることになりました。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「中国での仕事を辞めなければならないのが辛かった。それに伴ってアパートも、スクーターも、何もかも捨て去らなければならなかった。辛かった」

しかし、その頃当局がウイルス感染者のための隔離施設を建設するという噂が流れ始めました。彼は、感染していませんでしたが、恐怖を感じていたと言います。そして、ビデオ通話を通じ、家族にアドバイスを求めました。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「家族からは何が起こるかわからないから、早く家に帰ってきなさいと言われた。状況が良くなっているようには見えない。少なくとも、私たちがここにいるのであれば、一緒にいることができると言われた」

アルセさんはすぐに4,000ドル(約43万円)のフライトで帰国の途につきました。

「二ハオ!どこに行けばいいですか?38番ですね。ありがとうございます」

アルセさんはフライトの合間に空港からウィルソンさんに電話をして、家に帰る途中であることを伝えました。

ニューヨーク市民 Martin Wilson
「神様はすべてを解決してくださる」

そして、アルセさんは故郷のニューヨークに戻りました。

ニューヨーク市民 Mariano Arce
「今でも時々、動揺したり不安になったりすることがある。しかし、物事は必ず良くなっていくということを学んだ。以前の私はこのようなことがあると、『乗り越えられない』と思っていた。しかし、中国では選択肢がないことを学んだ。そして、それは私をより強い人間にしてくれた。それはポジティブなことだ」

アルセさんは今、家族と再会し、故郷で新しい生活を築こうとしています。

 
 

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