マット・シュラップ「社会主義は米国史に矛盾している」

インタビュアー:シモーヌ・ガオ
さて、今米国が抱えている様々な重要問題の中で、何故今年の保守政治行動会議(CPAC)のテーマに「米国 VS 社会主義」を取り上げたのですか?

マット・シュラップ 米保守連合議長

理由は報道を見ていれば分かる通り、
米2大政党の一つ民主党は社会主義を採用している。もしかしたら、彼らは、公然と社会主義を支持する民主社会主義者を大統領候補に指名するかもしれない。それは米国では非常にショッキングなことだ。全くありえない。実際は、民主党であれ 共和党であれ、米国は社会主義と闘うべきだと確信している。我々はファシズムとの戦いに打ち勝った。旧ソ連、共産主義との長い冷戦の歴史がある。にも関わらず、我々は今、社会主義に対して無防備で、まるでガンのように侵されようとしている。これは米国にとって非常にショックなことだ。そういうわけで「米国 VS 社会主義」をテーマにしたんだ。

米国には現時点で実際に、社会主義の脅威が存在しているとお考えでしょうか?

確実にね。なぜなら、それはまるで病気のように身体を蝕むんでいる。米国にはいつの時代でも、一定数の社会主義者がいるが、さほど一般的ではなかった。
しかし今、バーニー・サンダース氏や大統領に立候補した民主党員らを見ての通り、彼らは皆、同じような過激な議題を掲げている。AOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員)、The Squad(非白人の女性議員4人組)、下院を見れば分かるだろうが、それらの悪意ある言葉遣いは、有権者にとって非常にショックなことだ。

何故、社会主義はモラルに反しており米国にとって害だと思うのですか?

私は、社会主義は米国のこれまでの歴史に矛盾していると思う。米国の歴史を見ての通り、国民は、神に与えられた個人の権利があり、それぞれが自由に自分の人生を築いて生きている。それが個人というものだ。保守連合でよく話すのが、個人主義についてだ。我々は個人主義を支持している。

社会主義は何が問題かというと、彼らは個人の権利よりも、集団にとって何が大切かで物事を決断する。我々の判断基準は、集団にとって何が良いかで上部が判断する。社会主義者らは個人の権利を踏みつけにする。社会主義を試みた全ての国では、人々はより経済的に貧困であった。社会主義経済には不平や苦痛が生まれるものだ。

もし個人の権利が奪われるようなことがあれば、それは人間性を失うようなものだ。それがトランプ大統領に対して起きた。民主党は彼をホワイトハウスから追い出そうとしている。実際、彼には個人としての憲法上の権利がある。ただ民主党にとってそれは問題ではなかっただけだ。何故なら、彼らはトランプ政権を何としてでも倒すことが、国という集団にとって良いと考えているからだ。

社会主義論の一つに、社会主義は人々を平等に評価することが出来るという説があります。つまり、人それぞれ裕福な家庭に生まれ育った人もいれば、貧しい家庭に生まれ育った人もいて、異なる生い立ちがあります。その不公平を均すために配分的主義という考え方があります。何故それがモラルに反しているのでしょうか?

何故なら、財産が沢山あり 裕福だけれども幸せではない人たちを私はたくさん知っている。私は冨が幸福や喜びの全てだとは思わない。もしあなたがたいして一生懸命働かない人に給料を払っても、彼らは感謝しないだろう。米国には数えきれないほどの社会福祉プログラムや保障制度があるが、「努力なしに恩恵を受けることが出来る」ということが問題の一つだと思う。どれだけサポートをしても意味はなく、彼らの生活の根本的改善にはな繋がっていないことは明白だ。つまり貧困から抜け出すには何が必要かは明らかだ。米国にはたくさんのチャンスがある。

ラリー・クドロー氏やイヴァンカ・トランプ氏の今日の登壇を見れば分かる。彼らが言う通り、国内には人手不足の仕事が500万もあるが、おそらく600万人の米国人がその仕事を埋めることができる。それはドラッグを止め、技術を身につけ、個人的な判断を間違えなければだが。

ようするに、個々が自分の人生において何がしたいのかを選択し決断する必要がある。もし彼らが社会福祉が欲しいのなら、それが彼らの選択だ。小切手を配布したり、学資ローンを払ってあげたり、無料で大学に行かせてあげたり、何でもかんでも無料、無料、無料、そんな政策は不必要だし、彼らに正しい選択をさせる助けにはならない。

米国において、収入格差は問題ではない。米国において、人々は社会から切り離されているという問題があるのだ。彼らには、もっと成功し幸せになるという選択肢、または失業者として生きる選択肢がある。もし米国で無職になったら、自分を見つめ、問いかけるべきだ。なぜならもはや、ああ・・経済は減速しているなんて言える立場ではないだろ。

なぜなら経済は・・・

いや減速ではない。我々は世界の羨望の的だ。我々は最も急成長している先進国だ。中国は大きなライバルだったが、中国経済は大きく減速するだろう、むしろすでに急降下している。だから米国にとって今こそ正念場なのだ。

中国といえば、中国は友好国または敵、もしくは戦略的なものだと思いますか?

私は彼らは脅威だと思う。まるでとぐろを巻いた蛇のようだ。襲ってくるかもしれないし、襲ってこないかもしれない。もしかしたら、我々はとぐろを巻いた蛇を放っておくかもしれない。私が思うに、米国がしようとしたことは・・・

中国を放っておくとはどういう意味ですが?

つまり、私が思うのは、過去何十年に渡って両党の大統領は、中国は国家安全保障の同盟国として、徐々に強固な経済パートナーになるだろうと信じていた。そして責任のもと、彼らと友情を結ぶ時が来るだろうと、我々は何十年も努力してきた。しかしトランプ大統領はその戦略を却下し、米国は中国を経済的「敵」として扱うべきだと確信している。国家安全保障の脅威であっても、我々がもう友好国ではないという意味ではない。

しかしそれは中国が過去20~30年に渡って巧妙に成し遂げた冷たい現実を理解することから始まる。
なのでトランプ大統領と彼が選任したポンペオ長官の今日の話、今夜登壇する予定のロバート・オブライエン氏、我々の一員ケイティ・マクファーレン氏、彼ら全員の話を聞けば、彼らが皆同じことを言っているのがわかる。トランプ大統領は中国が何を企んでいるのか良く理解していて、非常に状況を明白に把握している。経済的に有利な取引を結ぶだろう。我々はもう中国のいいカモにはならない。国家安全保障のもと、もし彼らが米国を弱体化させようとするなら、あらゆる手段でそれを確実に阻止するだろう。

最後の質問です。米国と中国共産党の最も大きな違いについてです。中国共産党は「主観的モラル」を信じているし、共産党はそうであるべきだと考えています。「主観的モラル」か「客観的モラル」どちらだと思いますか?

私は「主観的モラル」という言葉は矛盾しているような気がする。「主観的」と「モラル」を熟語にするのはおかしい。
それが「真実」なら、決して火曜には「真実」だが、水曜には「虚偽」になるということではないのだ。それは真実、事実だ。
つまり私に言わせれば、「モラル」は「客観的」であるもので「主観的」ではない。面白い解釈の例がある。あなたは人生において、ある事実を選択、決断し、それを実行に移す能力と自由がある。つまり我々は個人の権利と自由選択を与えている。それでも結局、もしあなたが間違ったことをしたら、それは間違いなんだ。たとえあなたが大丈夫だと主張したくても、やはり間違いなんだ。

 
 

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