《三字経》第二十単元 一つの質問で三つの教訓を得る

曰(い)はく国風
曰はく雅頌(がしょう)
四詩と号す
当(まさ)に諷詠(ふうえい)すべし
詩既に亡び
春秋作(おこ)る
襃貶(ほうへん)を寓(ぐう)し
善悪を別(わか)つ

「詩経」(中国最古の詩集)は四種類の詩から成り立っている
国風・小雅・大雅・頌(しょう)を「四詩」という
いつも朗読すべきである

周朝が衰えた後、詩経はだんだんと忘れられていった。そこで孔子は魯国の歴史に基づいて「春秋」を編著した。この書は現実的な政治への非難を暗に含んでおり、権力者が気持ちを諫めれるよう、かつ世の人々が善悪を見分けれるよう喚起している。

孔子はかつて息子の孔鯉にこう言った。「詩を学ばないと、一人前にものが言えないぞ」
この物語を一緒に見てみよう。

春秋戦国時代に、孔子の教え子で陳亢(ちんこう)という者がいた。陳亢は孔子を師として拝むため、千里を遠しとせず 陳國から魯國へやって来た。

孔子にはたくさんの教え子がいたので、陳亢は孔子の指導や教えを直接受けることはなかった。それにより孔子の人柄や教育理念に納得がいかなかった。

ある日陳亢は偶然にも孔子の息子の伯魚に出会った。
「伯魚さん、あなたは先生のご令息です。先生はきっとあなた様に普段多くの人が聞けないような道理を教えているのでしょう?」
「そんなことはありません。しかしある時、父が庭にいたところ、小走りで通り過ぎる私を見て こう尋ねました。
『伯魚、詩経はもう学んだか?』
『いいえ、まだです』
『詩経の知識は豊富で、それを学ばないと、適切な言葉遣いができないぞ』
そこで私はすぐに詩経を学び始めました。数日後、父上が私にまた尋ねました。
『伯魚、礼記はもう学んだか?』
『まだです』
『礼記を学ばないと、社会で立脚するのは難しいだろう』
そこで私はまた真剣に礼記を学び始めました。父上が私に教えてくれたのはこの二つだけです」

「ありがとうございます!分かりました」

陳亢は家に帰り 嬉しそうに家族に言った。
「今日は一つの質問で三つの教訓を得た!詩経を学ぶ大切さを分かっただけでなく、礼記を学べば適切な言葉遣いができることを学んだ。君子(孔子)のこの上なく正しく私心がないのを目の当たりにした。たとえ自分の息子に対してでも少しも私情にとらわれていない」

しばらくして、陳亢は従兄が病気で亡くなったと聞き、急いで衛国に戻り、葬儀に駆けつけた。
「私の運命は不幸だ。何で私を置いていくの」
「義姉さん、お悔やみ申し上げます」
「陳亢さん、あなたに申し上げたい事があります。何ですか?何なりと言ってください」
「あなたのお兄さんは生前、斎国の大夫(たいふ)でした。亡くなった今ではあなたの義姉さんと私は心配です。あの世で世話をしてくれる人がいないからです。何人かを選んで、殉葬し 世話をしてほしいです」

「何ですと?!人間で殉葬する?それは礼法に背いています。決してしてはいけません」
「あなた様の兄はあの世で面倒を見てくれる人がおらず、我慢なりません」
「そうですよ」

殉葬は商の時代から受け継がれた悪風習であり、その時代の上級貴族らは死者はあの世で生き続けると信じていた。生前と同じく富裕な生活を送り、人から世話をしてもらえるよう生きた人間を死者と共に葬った。

陳亢は孔子の教えを受けたため、孔子がこの非人道的な風習を大反対していることを知っていた。陳亢はふとひらめいた。

「もし兄さんに世話が必要なら、あなたお二方以上に適した者はいません。人で殉葬しなければいいのですが、もしどうしてもと言うのなら、あなた方二人が一番適した人選です」
「何?!」
「それは……」

陳亢の話を聞き、義姉さんと執事は顔面蒼白になった。以降 殉葬の事を取り上げなかった。

陳亢は人で殉葬することは礼制に合わないという角度から、この非人道的なやり方を阻止した。これはまさに孔子の教えを受けたからだ。

孔子はいつも生徒に自立し徳を成すよう教えていた。
「詩に興(おこ)り、礼に立ち、楽に成る」というのは、詩によって人は穏やかで優しくなり、善良な心をかき立てる。礼によって端正な人柄を培い、社会に出てしっかりと私達を立脚させる。楽(美しい音楽)によって高尚で豊かな感情を修養し、人に円満な人格を養成させる」

 
 
 

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