シリーズ【百年紅禍】知られざるマルクスの真実 サタニストへの転身

今から171年前の1848年、マルクスとエンゲルスによって『共産党宣言』が発表され、「共産主義という幽霊が、欧州の空に現れ」ました。その幽霊は1917年の10月革命(ロシア革命)によって現実の政権となり、その後の100年の間に、一度は地球の半分を呑み込みました。この100年間の共産党運動によって、世界で1億人を超える人々が虐殺や人災によって命を落とした結果、共産党制度は多くの国から見捨てられてゆきました。しかしこの幽霊は今でも中国の大地の上を漂っています。現在、中国では道徳体系が崩壊し、生態環境は大きな災難に見舞われ、社会問題が頻発しています。これらは共産主義とどんな関係があるのでしょうか。中国はどこへ向かうべきなのでしょうか。「百年紅禍」では、この現実を読み解くために歴史を振り返ります。まず、共産主義の生みの親、マルクスの人生と世界観が、共産主義の残虐で血なまぐさい本質にどのように反映されていったのかを探ってゆきます。

1818年5月5日、カール・マルクスはプロイセンの裕福な家庭に生まれ、キリスト教徒として育ちました。マルクスはある作品の中に「キリストとの一体は、キリストとの緊密でみずみずしい友情の中に、またこうした事実の中にある。キリストはいつも私たちの目の前に、そして私たちの心の中にいる」と記しています。

大学時代、マルクスは父親から毎年、700ターレルもの仕送りを受けていました。当時、年収が300ターレルを超える人は人口の約5%だったといいます。ぜいたくで気ままな生活を送るマルクスは、プロテスタントの戒律を疎(うと)ましく感じるようになり、金遣いの荒さから両親とのあつれきも生じるようになりました。

作家のデイビッド・アレン・リベラ氏は著書『Final Warning:A History of the New World Order(最後の警告:新世界秩序の歴史、邦訳なし)』の中で、マルクスは大学在学中、悪魔「シロ」と交霊できると自称するイギリス人、ジョアンナ・サウスコットが主催する悪魔教会に入信したことが記されています。

マルクスの性格は大学生活の後半からがらりと変わりました。彼はある詩の中で「神に復讐することを渇望している」と記していますが、他の多くの著作の中からもマルクスが最終的にはキリスト教に背き、サタニストになったことが分かります。マルクスが18歳の時に書いた戯曲『オーラネム』には、「悪魔と契約して魂を売る」、「悪魔の印を刻む」、「悪魔の代弁者となる」、「全人類を地獄に落とす」といった表現が見られます。

在米時事評論家 藍述氏
「マルクスが変わったのは大学3年の時で、この時に悪魔教に入信した。彼がやろうと考えたことはすべてサタニストとしての観点から行われたことだった。大学時代にさらに『すべての人類は、彼と共に地獄に落ちなければならない』と記された詩を書いた」

その後、ドイツの社会主義者、モーゼス・ヘスとの出会いが、マルクスを社会主義へと導きました。マルクスと共に第一インターナショナルを立ち上げたロシアの無政府主義者ミハイル・バクーニンは悪魔を礼賛しただけでなく、「この革命において我々は人々の心の中の悪魔を呼び覚まし、彼らの最も下劣な激情をかき立てなければならない」と喧伝しています。ドイツの詩人、ハインリヒ・ハイネもマルクスの親友で、彼もまたサタニストでした。

しかし、マルクスと他の同志は実際には無神論者ではありませんでした。彼らは神の存在を否定しているのではなく、神とは対極の場所に立っていたのです。

在米時事評論家 藍述氏
「マルクスは正しくは無神論者とは言えない。悪魔を信じているのだから、無神論者とは言えない。だが彼は無神論や唯物主義を提唱した。これらは他の人に聞かせるものだからだ。他の人に唯物主義を信奉させ、神を信じなくさせることで、人々を地獄に導くためだ」

『共産党宣言』第二節でマルクス自身が「共産主義は永久に変わらない真理を消滅させ、すべての宗教とすべての倫理道徳を消滅させる…」と記しているように、マルクス自身の生活も混乱を極めていました。

マルクスと妻のイエニーとの関係は破綻していました。イエニーはマルクスのもとを2度も去り、イエニーが死んでもマルクスは葬儀にも参列しませんでした。またマルクスは家族を養うことなどみじんも考えておらず、子供の3人は栄養失調で死亡し、娘2人と娘婿1人は自殺しています。さらにマルクスは愛人ヘレーネとの間にも子供を1人もうけましたが、この子はエンゲルスの息子ということにされていました。

1863年12月、マルクスはエンゲルスに『2時間前、私の母の死を知らせる電報を受け取った。運命は私の家族から一人を連れて行くことを決めた。私はもはや片足を墓場に突っ込んでいる身だが、どうやら私は、あの老人(死んだ母親)よりもさらに重要なようだ。私は遺産を相続するため、トリールに出発するつもりだ』と記した手紙を送っています。

マルクスは身内以外の人間をさらに敵視していました。ユダヤ人のマルクスは1856年に米日刊紙ニューヨーク・トリビューンの「ロシアの借款」という一文の中で労働者に対し、ユダヤ人について「このガンを徹底的に消滅させる」と呼び掛けていました。マルクスは他の人種も敵視しており、ドイツ人、中国人、ユダヤ人は「まるで物売り」、ロシア人は「能なし」、スラブ人は「クズ人種」だと語っていたほか、無産階級のことは「間抜け、ごろつき、とんま」と呼んでいました。

中国人には知られていないマルクスの本当の姿が、西側の学者によって明らかにされています。『Marx and Satan(マルクスとサタン、邦訳なし)』の著者、リチャード・ワーンブランド氏の調査によると、モスクワのマルクス学院に収蔵されているマルクスの100冊の著書のうち、公に出版されたものはわずか13冊しかありません。またフランスの作家アルベール・カミュは、これらの未出版の作品の内容は、一般に知られているマルクス主義とは違うものだろうと語っています。