カルテ(十六)―パスツール発見前にワクチンは存在した?

「風邪を治す薬を開発したらノーベル賞ものだ」。時折こんな言葉を耳にする。病院といわずとも、町のドラッグストアにも風邪薬はあるではないか。確かに風邪薬で熱も下がり、咳や腹痛も治まる。だが、これらは「風邪の症状」を治しただけで、風邪そのものを退治したわけではない。

現代医学はこれほどの発展を遂げたのに、風邪一つすら治せないのか。いや、風邪と侮る(あなどる)ことなかれ。実は、風邪はウィルスが招く病気だが、このウィルスを撃退する薬はいまだ開発されていない。よって風邪ばかりではなく、ウィルスが招くあらゆる病気を治すことは出来ない。それゆえ、新型インフルエンザやSARSに、人々は恐れおののいたのだ。
このウィルスに対処する方法は今のところ、ただ一つ。それは、ワクチンである。このワクチンだが、百数十年前、フランスのルイ・パスツールが開発した狂犬病のワクチンが最初だという。だがここで、胡先生は驚きの発言をする。「漢方では、もう千数百年も前にワクチンは開発されていた」
胡先生が取り上げたのは、中国・東晋の時代を生きた道教思想家、葛洪(かっこう)である。この葛洪(かっこう)は発狂した犬の脳みそを人に塗ることで、狂犬病を予防したという。すなわち、およそ1700年も昔、ワクチンに相当する物がすでに用いられていたのだ。もちろん、人々はこれをワクチンとは呼ばなかったが、このおかげで感染病の大きな流行を防げたのであろう。
現代医学の発展と共に、徐々に葬り去られてしまった漢方の真髄。だが、やはり数千年の歴史を重ねてきただけのことはある。そこには、我々人類にとって宝ともいうべき様々な秘方や逸話があふれている。これからも『漢方の世界』では、そんな新たな発見をご紹介。お楽しみに。

 

 
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